M&Aフォーラム賞

M&A国富論 「良い会社買収」とはどういうことか

M&Aフォーラム正賞『RECOF賞』

書籍 プレジデント社
作 者:岩井 克人(東京大学経済学部教授 東京財団主任研究員)
     佐藤 孝弘(東京財団政策研究部研究員)編著

作品の要約

表紙写真 2005年のニッポン放送事件や2007年のブルドッグソース事件での司法判断は、実務にも大きな混乱をもたらした。一連の司法判断は、残念ながら会社買収の本質には十分踏み込んでおらず、経営者側にも買収者側にも指針を与えるに至っていない。多くの会社が採用した事前警告型防衛策は、適法性が不確かなままであり、一部では株式持合いなど株式市場そのものを迂回する方策もとられ始めている。判例の蓄積によるルールの形成を待つ選択もあるが、それでは間に合わない。買収ルールを早急に法制化すべきである。
 そもそも会社制度の第一の存在理由は、それが社会に対して付加価値を生み出し、国富の発展に貢献することである。本書はそこから出発し、会社買収の本質とは何かを考察している。
 良い会社とは、大きな付加価値を生み出す会社であり、良い経営者とは会社の付加価値を最大化する経営者にほかならない。そのような視点からは、会社買収とは、株式市場を通じて経営者を選別する「経営資源の競争的な再配分機構」としてとらえることができる。
 必要なことは、敵対的買収そのものを忌避することではなく、その手続きに関して明確なルールを作り、良い経営者が選抜されていく公平で効率的な環境を整備することである。
 以上の観点から、日本の会社買収ルールを以下のように改正することを提言する。
一つは、会社支配権の移転手続きの明確化である。取締役会決議により、議決権の行使について、株主が保有する株式数が発行済み株式総数の20%未満であることを行使条件とすることができるものとする。この条件は取締役会の決議によっていつでも解除できる。
 提言が実現するとどうなるか。たとえば、ある投資ファンドが買収したい会社の株式を買い増していく。20%を超えたら議決権を行使できなくなるので、最大19.9%まで株式を買い進めた段階で、経営陣と交渉せざるを得なくなる。交渉が妥結すれば「友好的買収」となるし、決裂すると「敵対的買収」となり、取締役の選解任に関する委任状争奪戦が始まる。買収者の提示価格だけで株主が判断する現行の制度と違い、株主が判断するのはあくまで、「現経営陣と買収者が提案する新経営陣のどちらが良い経営者か」である。
この提言は株主が良い経営者を選ぶためのしくみを作ろうというものだ。大切な発想は「インセンティブ」である。TOB価格に対する判断のみで会社の経営権が移動しうる現状の制度では、株主が良い経営陣を選ぶためのインセンティブに乏しい。既存の株主は高値で売りぬいてしまえばよいので、会社のその後の業績には無関心である。これに対して本書の提案では、委任状争奪戦後も引き続き株式を持つ株主が判断するので、会社の付加価値を高める経営者を選ぶインセンティブが与えられる。
 しかも、現行制度のように裁判所による決着を前提としないし、防衛策により買収者が経済的ダメージを被ることもない。経営者は交渉時間を得ることもできるし、最終的な決着が委任状争奪戦なので、株主に今後の経営方針等に関する情報も十分に与えられる。
 また、これとは別に新たなガバナンスのあり方として、複数議決権株式など種類株式の上場を幅広く認めるべきである。種類株をうまく利用すれば、多様なガバナンスが可能になる。
 これまで日本の会社買収ルールの整備は遅れてきたが、むしろそれを前向きにとらえて、世界標準としても通用するしっかりした理屈に基づくルールを提示していくべきだ。

 最後に、「良い株主が、良い経営者を選ぶ、良い仕組み」と題して、岩井克人氏と冨山和彦氏の特別対談が載っている。

 

評価コメント

 本書は、価値基準を国富の増大におき、そのためのルールをどう作るかという明快な論理構成で政策提案をしている。わが国のあれもこれも中途半端な状況の中で、一つの解決の方向付けをしていることは大きな評価を与えることが出来る。
 本書の示す問題の位置付け及び改善提案には賛否はありえるが、ある程度客観性がありバランスの取れたものでその意義は高く評価されるべきであろう。
 さらに、経済学、法学の知見が生かされ従来の見解をなぞるものでない独創性があることも評価したい。