M&Aフォーラム賞

MBAのためのM&A

M&Aフォーラム賞奨励賞『RECOF奨励賞』

書籍有斐閣
作 者:田村 俊夫 
     みずほ証券株式会社 投資銀行グループ戦略開発総括部長
     一橋大学大学院商学研究科客員教授

作品の要約

表紙写真 本書は、一橋大学大学院商学研究科経営学修士(MBA)コースで著者が担当する、みずほ証券寄附講座「M&Aの理論と実務」の内容をもとに作られている。
  M&Aは設備投資等やR&Dと並ぶ価値創造の重要な一手段である。M&Aには事業戦略、コーポレートファイナンス、法律、会計、税務、組織論、コーポレートガバナンスなど多様な分野が関係するが、現実のM&Aの中で各分野は別個独立に機能するのではなく相互作用している。MBA課程のテキストとして執筆された本書では、各分野の専門的な成果を踏まえつつ、M&Aという場におけるそれらの内的関連性を考察し、そこから浮かび上がる統一的全体像としてM&Aを理解しようと試みている。
  本書を貫く一つの視点は、M&Aを制度的・環境的制約条件下での価値最大化行動として捉えることである。ここで「最大化すべき価値」とは、コーポレートファイナンス理論では企業価値すなわち企業が生み出す将来収益の現在価値とされる。他方で市場では、株価を通じて市場価値という評価が与えられ、それも「企業価値」とよばれる。このような企業価値の二面性は企業価値評価(第2-4章)をはじめとするM&Aの理論と実務に複雑性をもたらしている。
  M&Aで創造される企業価値の源泉は、経営資源の結合態様の変更がもたらすシナジーである。いかにシナジーを生み出すかは戦略論(第1章)及び組織論(第5章4節)の領域に属する。企業価値発見のプロセスも重要である。M&Aにおける売り手と買い手の情報の非対称性に対処するために、買収調査(デューディリジェンス)と買収契約の規定が相関する形で(不完全ながらも)巧みな実務慣行が発達している(第5-6章)。
  次に制約条件については、経済・金融環境に加え制度環境が重要である。法・会計・税務等の制度は、各々独自の社会的目的を持って発達してきたものであり、必ずしもM&Aを通じた企業価値最大化を目的として設計されていない。かかる現実の制度的枠組みが経済合理的なM&Aに対してどのような影響を及ぼすかが考察される(第7-8章)。
  しかし、M&Aの目的を単純に制約条件下での企業価値最大化とすることには、2つの問題点がある。第1に、実際に企業の経営方針を左右するのは経営者であり、経営者が企業価値最大化を目的として行動するかどうかは自明ではない。このような企業と経営者の分離による企業価値の毀損の問題(エージェンシー問題)は、投資ファンド(第12章)や敵対的買収(第13章)等のテーマに関連している。この問題を研究すると、企業価値向上を目指すコーポレートファイナンスと経営者の誘因を制御するコーポレートガバナンスの密接な関係が見えてくる。第2に、企業(株主・経営者)の立場を離れて社会全体(政策形成者)の立場から見れば、企業価値最大化が社会全体の価値最大化と整合的であるための条件も問われなければならない(第14章)。

 

評価コメント

  本書は、内容的には特に新しい理論等を提示しているわけではないが、テキストとして理論と実務の双方を上手に入れ込んだ非常に完成度の高い読み応えのある力作となっている。読者が、アカデミックな論文を作成するときの参考文献としても、また実務における参考資料としても十分に使える印象である。特に実務での経験の豊富さがうかがわれる説明箇所がいくつも見受けられ、非常に興味深い内容となっている。注記、引用等もしっかりしており、各章に問題も加え、大学院レベルのテキストとして使いやすい構成となっており、またコラムとしてM&Aの事例が取り上げられており、興味を引き、読みやすくする工夫もある。
  研究書ではないが、著者の考えが各所に入り込んでいることなど独自性があること、実務への応用性も高く、理論面からの記載もしっかりしており、理論と実務を融合した書籍として非常に完成度の高いものと考える。