岩田一政選考委員長(公益社団法人日本経済研究センター代表理事・理事長)
岩田氏
「本年の特徴は、中小オーナー企業やベンチャー企業のM&Aに関する質の高い作品が多数寄せられたことでした。しかも、企業の買収側だけでなく売却側の立場からみた著作が増えていることが特徴的であります。また、DCF法など株式の公正価値の算定方法に関する論文や書籍が多かったように思います。
本賞の審査は、毎年、M&Aに関わる多様なテーマを取り扱った秀作が並び、また、異なる分野の優れた業績を評価、比較することもあり、容易ではありません。本年も優秀な応募作品の順位付けを巡って、最後まで熟議を重ねました。
M&Aフォーラム賞正賞『RECOF賞』を受賞した柴田 堅太郎著『中小企業買収の法務-事業承継型M&A・ベンチャーM&A』は、本書は中小オーナー企業を対象とする事業承継型M&A、ベンチャー企業を対象とするM&A取引、ベンチャー企業についてはマイノリティ出資を通じた資本業務提携を取り上げています。
本書の特筆すべき点は、中小オーナー企業の買収に伴う具体的な諸問題を解決方法について架空の事例を設定して、まるで痒いところに手が届くように叙述している点です。一例をあげると、対象株券が存在しない場合、過去の株式譲渡の株券交付のやり直し、株主券の時効取得、特別保証、企業の再編による方法をあげています。さらに、会社と個人資産の区別が曖昧な場合の対処方法も巧みに解説をしています。
宮崎 淳平著『会社売却とバイアウト実務のすべて~実際のプロセスからスキームの特徴、企業価値評価まで~』は、M&A取引の売却側にたった実務書であります。&第一の特徴は、架空のオーナー経営者が自らの会社を売却するプロセスを物語風に読みやすく、また分かりやすく解説しています。第二の特徴は、実務必要とされる資料やプロセスレターなどの準備や契約交渉内容についてただちに実用に使用できる形で紹介されています。さらに財務モデルも数値例を用いて深く理解できる工夫がされています。第三の特徴は、売却型M&Aについて売却者が不利となるような取引とならないよう、類書にない切り口で小規模企業高リスク企業の価値評価方法を述べています。価値評価はDCF法だけでなく、確実性等価キャッシュフロー(CEQ法)、リアルオプション法、ベンチャーキャピタル法、ファーストシカゴ法など新たな手法についても詳しく著述されています。
西村あさひ法律事務所弁護士 内間 裕、太田 洋、浅岡 義之著『M&A法大全』は、2001年に出版されてから18年ぶりに全面改訂された体系的な大著であります。
本書はこの18年の間におけるM&A法の発展を振り返り、「社会の共有知」として社会へ還元することを目指したものです。序章は「法と経済学」がM&A取引の効率性や公平性の議論を深めることを通じて企業価値の向上に寄与することを説明し、第1部はM&A取引の法制度、第2部はM&Aの実務的な側面、第3部はグループ再編(親子上場を含むエクイティ・カーブアウト、スピン・オフ、 スプリット・オフ、コーポレート・インバージョン)を紹介しています。また昨今のベンチャー企業など先端分野の取引を整理して紹介しています。解説や文章は平易で、重要な論点を分かりやすく詳しく著述している貴重な書です。
最後に、M&Aフォーラム賞選考委員会特別賞 『RECOF特別賞』を受賞した王 学士著『M&A取引におけるアーンアウト条項の理論的基礎とその解釈(上)(中)(下)』についてです。
アーンアウト条項とは、買主が売主に対して買収金額を全額支払うことなく、契約がクロージングされた後の一定期間、対象企業の経営者が企業の業績に応じて買収対価を支払う仕組みであり、本論文はこの条項の理論的基礎とその解釈を行なっています。
とりわけ、買主が売主に対して、誠実かつ公正な取り扱いする黙示の義務を負っているとされる判例法につきまして、アメリカのデラウェア州の事例を取り上げて検討しています。具体的には、デラウェア州の事例に基づき、契約の明白な意味の原則に基づいて債務不履行責任のみならず、アーンアウト条項における誠実な履行の義務違反判決がなされていることをもって、誠実かつ公正な取り扱いに関する黙示の誓約の成立を認めることができるのではないか点を論じた優れたものであります」
受賞作品と受賞者の
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