岩田氏
岩田選考委員長は、「本年の特徴は、買収後の人材マネジメントに関連したテーマとスタートアップ企業のM&Aの在り方を論ずる質の高い著作や論文が寄せられたことでした。とりわけ、分析手法が緻密で洗練された作品が多かったように思います。本年も優秀な応募作品の順位付けを巡って、最後まで熟議を重ねました」
として、次のように講評を述べた。
「M&Aフォーラム賞正賞『RECOF賞』を受賞した岩崎康大、池田直史、井上光太郎著『労働者保護とM&Aのパフォーマンス -国際比較分析-』は、M&Aの被買収企業の所在地の法制度の相違が、M&Aのパフォーマンスに与える影響を国際比較分析したものです。
本論文における実証分析は、労働者保護に関する4つの指標と主成分分析を踏まえた指標の作成から始まり、セレクション・バイアスを考慮した計測方法の採用に至るまで用意周到であり、説得力に富んでいます。世界各国の4884件の大型M&Aをサンプルに取り上げ、各国における労働者保護の在り方が、M&A後の企業の組織最適化行動への影響を通じて被買収企業の選択と価値創造に影響を与えていることを実証しています」
と高く評した。
続いてM&Aフォーラム賞『RECOF奨励賞』として、『負ののれんの会計処理に関する提言 -負の超過収益力との関連性の観点から-』、『M&A戦略の立案プロセス』、『スタートアップ投資ガイドブック』の3つの作品について述べた。
「天野良明著『負ののれんの会計処理に関する提言 -負の超過収益力との関連性の観点から-』は、被買収企業の取得価額が純資産を下回る『負ののれん』について、国際会計基準が推奨する『即時当期利益計上』とするのではなく、負の超過収益力の効果(マイナスのシナジー効果)が及ぶ期間にわたり『規則的に償却』すべきであると提案しています。
本論文の優れた点は、負ののれんの発生源について、情報の非対称性による『割安購入』によるのではなく、当該企業の長期的な『負の超過収益力』にあることを実証したことにあります。日本では負ののれんを計上するM&A案件が多いという状況の下で、負のれん会計処理の在り方に一石を投じた論文として高く評価しました。
木俣貴光著『M&A戦略の立案プロセス』は、日本企業にありがちな受け身のM&Aを脱し、プロアクティブなM&A戦略に基づくM&Aの実行を説いています。
M&Aの前提となる経営戦略をサーベイした後で、それをM&A戦略に落とし込んだ上で、M&Aマネジメントのルールを紹介しています。そこでのM&A戦略として、15の類型に分けて戦略の在り方を論じており、本書に引用されている32のM&A事例は、成功例、失敗例を問わずM&A担当部門や経営者にとって貴重な資料といえます。
小川周哉、竹内信紀編著『スタートアップ投資ガイドブック』は、シリコンバレーに代表されるアメリカや日本におけるスタートアップ企業に対する、日本企業による投資を中心テーマに据えた優れたガイドブックであります。
シリコンバレーにおけるエコシステム、インキュベーター、アクセラレーター、エンジェル投資家、ベンチャーキャピタル、リード投資家の役割など懇切な解説がなされており、とりわけ、米国と日本におけるスタートアップ企業に対する投資に関するフレームワークの背後の考え方の違いが浮かび上がる解説がなされています。
また、『オープンイノベーション』を活用しようとする場合における、業務提携、共同開発についても丁寧に解説されている。とりわけ、システム開発の委託の在り方については、従来型の『ウオーターフォール型システム開発委託』と対照的な『アジャイル型システム開発委託契約』の解説は秀逸であります」
と締めくくった。
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