岩田氏
岩田選考委員長は、「本年の特徴は、クロスボーダーのM&Aに関連した法務や法制度、MBOと少数株主の保護、合弁事業、スタートアップなどに関連したM&A、のれんの会計処理、表明保証保険などについて質の高い作品が多数寄せられたことでした。さらに日本の持株会社の歴史的回顧や会社と株主および株主間契約に関する研究など多様で優秀な応募作品の順位付けを巡って、最後まで熟議を重ねました」
として、次のように講評を述べた。
「M&Aフォーラム賞正賞『RECOF賞』を受賞した人見健著『M&A失敗の本質』は、M&Aプロフェッショナル21年の経歴をもつ著者による日本企業によるM&A失敗の本質に迫る作品です。
著者は、失敗の原因をその兆候も含めて7つに整理し、それぞれ具体例に即した解説をしています。本書の一貫した主張は、『M&A失敗の原因は社内にある』との指摘です。7つの失敗の種の解消は、経営者の思考改革にかかっており、M&Aは経営者の力量を図る試金石になっているともいえます。日本の長期停滞打破の突破口は、企業組織の自己革新を実現する経営者の双肩にかかっていることを説得的に論じた本書は、2014年度の第9回M&Aフォーラム賞正賞受賞作『海外企業買収失敗の本質戦略的アプローチ』に続く力作であります」
と高く評した。
続いてM&Aフォーラム賞奨励賞『RECOF奨励賞』として、『日米実務の比較でわかる米国アウトバウンドM&A法務の手引き』、『日本の持株会社:解禁20年後の景色』の2つの作品について述べた。
「大久保涼編集代表者『日米実務の比較でわかる米国アウトバウンドM&A法務の手引き』は、日本企業がM&Aを通じて米国に進出しようとする場合に、日米両国における法制度とその適用、米国の訴訟社会と弁護士の役割、文化など様々な分野の相違を乗り超えるためにどのような点に留意すべきかを丁寧に解説したガイドブックです。
そのカバーする内容は広範囲であり、非公開企業と公開企業によるM&Aの解説から始まり、米国に特有の規制についても簡潔かつ的確な説明を行っております。米中摩擦が高まる中で安全保障の観点からの規制が強まっており、日本企業がその対応を考える上での有用な資料として高く評価しました。
下谷政弘、川本真哉編著『日本の持株会社:解禁20年後の景色』は、純粋持株会社が解禁されてから20数年経過した時点でその役割の変遷を回顧し、評価した学術研究書です。
1997年の独占禁止法解禁がもたらしたものは何か、持株会社設立の現状とそのパフォーマンス評価を組織再編型(8割)と経営統合型(2割)に分類した上で、データに基づく実証分析を行なっています。組織再編型では、「戦略と事業運営の分離」が目的とされることが多いものの、実際には同一産業内の模倣的同形化や組織改革のコストが低いことが持株会社設立に繋がっていることなどが示されています」
と評した。
続いて、M&Aフォーラム賞選考委員会特別賞『RECOF特別賞』として、『上場子会社の完全子会社化における一般株主の利益保護』、『日本の食品メーカーによる海外M&Aの成否とその要因に関する考察』について述べた。
「加藤優美著『上場子会社の完全子会社化における一般株主の利益保護』については、親子上場した企業が、組織再編や上場コスト削減のために子会社を完全子会社化する場合に、買収企業経営者と被買収企業の一般株主の間に存在する構造的利益相反関係によって、買収プレミアムが押し下げられる可能性がありますが、この一般株主の利益を保護するためのいくつかの公正性担保措置の有効性を論じた作品であります。
仮説の設定が明確であり、得られた結論も説得的でした。学部生の論文として質が高く、しかも論理展開が素直な点を評価しました。
濱口雅史著『日本の食品メーカーによる海外M&Aの成否とその要因に関する考察』は、海外M&A戦略に関する6つの仮説、先行研究および個別事例の動向を踏まえた上で食品メーカーによる海外M&Aの成否に影響を与える要因を分析しています。
得られた結論は、事前にM&Aが中期計画などで戦略が意図されていること、現地法人のあること、ターゲットとする市場のカントリーリスクの低いことがその成功に寄与していると論じています。豊富なデータや事例の活用は高く評価されます」
と締めくくった。