岩田 一政 氏
岩田選考委員長は、「本年の特徴は、日本のM&Aの歴史を振り返り、その成果を再検討し、将来を展望する作品が多かったように思います。また、海外M&A、MBO、企業の価値評価や評価差額に関する包括的な研究書など質の高い作品が多数寄せられました。さらに近年注目されている経済安全保障に関連した外為法と対内直接投資の関係やプライベート・エクイティ・ファンドとESG投資についての作品などもあり、応募作品の順位付けを巡って、最後まで慎重に熟議を重ねました」
として、次のように講評を述べた。
「M&Aフォーラム賞正賞『RECOF賞』の1作品目となります、川本真哉著『日本のマネジメント・バイアウト機能と成果の実証分析』は、経営陣による自社株買収(MBO)の経済的機能に着目して、その役割とパフォーマンスをデータに基づいて包括的に実証分析した優れた作品です。
MBOを当該企業の上場廃止を伴う「非公開化型」と子会社が親会社から独立する「ダイベストメント型」に分類した上で、その動機と買収によるプレミアムの決定要因、成果について総合的に検討し、評価しています。本書はMBO研究の基礎的な土台となる研究書であり、政策上の課題についても示唆するところが多い作品であります」
と高く評した。
続いて、「M&Aフォーラム賞正賞『RECOF賞』の2作品目として、鈴木一功、田中亘編著『バリュエーションの理論と実務』は、M&Aとファイナンスにおける企業価値評価の実務と課題を、とりわけ会社の裁判例を念頭において検討した重厚な研究書であります。
M&Aを上場企業と非上場企業に分け、また構造的な利益相反を伴うケースと伴わないケースについて概念と論点を整理した後、日米の会社裁判例の法的論点と問題点を手際よく紹介しています。裁判所が現代ファイナンス理論を十分理解していないことによる弊害を除去しようという意欲が伝わってくる書であります」
と高く評した。
続いてM&Aフォーラム賞奨励賞『RECOF奨励賞』として、『海外M&A新結合の経営戦略』について述べた。
「松本茂著『海外M&A新結合の経営戦略』は、2001年から19年間にわたり日本企業が実施した海外M&Aが累計8833件、買収金額116.7兆円に上ることを踏まえ、1985年以降の草創期と発展期にわけ、草創期には失敗例が多かったが、発展期には成功例が増えてきていることに着目し、日本企業が海外M&Aでつかみはじめた新たな競争力の萌芽を伝えることを目指しています。
海外M&Aで飛躍した6企業の経営の在り方についての分析や成熟市場占有、供給連鎖占有、製品群拡張、新市場形成、防御の5つの買収モデルの提示は興味深いものがあります」
と評した。
続いて、M&Aフォーラム賞選考委員会特別賞『RECOF特別賞』として、『日本企業のM&Aにおける要因分析』について述べた。
「先崎博文著『日本企業のM&Aにおける要因分析』については、日本企業がM&Aを志向する要因についてその実態と経営手段としてのM&Aの役割を探った作品であります。
この作品の貢献は、1万7000件を超えるパネルデータを駆使し、キャッシュリッチな企業、外国人株主の多い企業、ストックオプション制度導入企業、過去3年以内にM&Aを実施した企業は、M&A実施確率が高まることを明らかにしていることです。2008年から2019年の11年間の日本企業によるM&A活動を包括的に実証している点を評価しました」
と締めくくった。