岩田 一政 氏
岩田選考委員長は、「本年の特徴は、事業売却、カーブアウトやM&A後の経営統合(PMI)を分析する作品が多かったように思います。また、ロールアップ型M&A、 MBOと買収プレミアム、敵対的買収防衛策、企業結合規制など質の高い作品が多数寄せられました。応募作品の順位付けを巡って、最後まで慎重に熟議を重ねました」
として、次のように講評を述べた。
「M&Aフォーラム賞正賞『RECOF賞』を受賞した柴田堅太郎編著、中田裕人著『ストーリーで理解するカーブアウトM&Aの法務』は、カーブアウトM&Aの法務上最も困難と思われる問題を巧みに洗い出し、その解決の在り方まで示した優れた書であります。
本書の第一の特色は、ストーリー形式の「ストーリーパート」と「解説パート」の2部構成になっていることです。経営者、社外取締役、担当部長、法務・財務代理人など軽妙で人物の性格も活写された 「ストーリーパート」に問題がすべて浮かび上がってくるように構成されています。この部分を読むだけでも法務上の問題のみならず売主企業のコーポレートガバナンス維持の難しさが実感されます」
と高く評した。
続いてM&Aフォーラム賞奨励賞『RECOF奨励賞』として、『成熟産業の連続M&A戦略:ロールアップ型産業再編の手引き』、『構造的利益相反取引における買収プレミアムの考察―公正性担保措置等の定量的および法的見地からの分析―』の2つの作品について述べた。
「上野善久著『成熟産業の連続M&A戦略:ロールアップ型産業再編の手引き』は、ロールアップ型連続M&A戦略を、計画段階、実施段階に分け、成功するための経験に基づくノウハウ、手の内を公開しています。さらに、買収対象会社の経営者やその後継者が続投する場合およびロールアップ型連続M&A戦略の打ち止め判断と判断後の経営の在り方まで論じています。
著者が2000年に自ら創業した日本ジェノス株式会社が、ロールアップ型M&Aを繰り返し、2014年までに17社を友好的に統合した成功例を基に執筆していることは、本書の強みであり最大の長所であります」
「中村謙太、谷口達哉、十市崇、後藤一光著『構造的利益相反取引における買収プレミアムの考察―公正性担保措置等の定量的および法的見地からの分析―』については、MBO取引や従属会社買収など構造的利益相反取引の程度、ならびに公正性担保措置の実施が、買収プレミアムにどの程度の影響を与えているか統計的に検証した作品であります。
2005年から2021年にかけてのMBO取引(157件)と従属会社買収(156件)の統計的検証の結果が示唆していることは、意図した仮説とは異なり、構造的利益相反が与える効果も公正性担保措置が与える措置も買収プレミアムに大きな影響を与えていないことにあります。この理由として、著者らは分析対象にシナジー効果を含めていないことを挙げています。また、フェアネスオピニオンの有意性については、さらに因果関係について検討を要する課題と思います」
と評した。
続いて、M&Aフォーラム賞選考委員会特別賞『RECOF特別賞』として、『MBOプレミアムに対する社外取締役の影響についての実証分析』、『敵対的買収防衛策が人的資本投資と労働生産性の関連性に及ぼす影響』について述べた。
「安齋寛昭著『MBOプレミアムに対する社外取締役の影響についての実証分析』については、社外取締役が、買収プレミアムに与える効果を実証分析した作品であります。社外取締役の存在は、一般株主の利害を代表する経営監督(モニタリング)機能が期待されており、買収プレミアムを高めるよう作用することが期待されます。
しかし、2008年から2022年にかけてのMBO105件に関する本論文の検討結果によれば、ファンド関与案件を除き、この仮説が支持されず、TOB応募率(実質応募率)にも負の影響を与えていることが明らかになりました。社外取締役が本来あるべきモニタリング機能を果たすことが出来るよう、利害関係者に関する厳格なガイドラインの策定、社外取締役の兼職数の制限、非上場後の情報開示制度の設定など、当該MBO対象企業との利害関係を厳格に整理する必要があると論じています」
「清水美紗著『敵対的買収防衛策が人的資本投資と労働生産性の関連性に及ぼす影響』は、敵対的買収に対する防衛策が、買収対象企業の人的資本投資と労働生産性に与える効果を実証的に分析した作品であります。
分析の結果、防衛策の導入は労働生産性を高める効果があること、また、その効果は、経営者による人的投資の重要性に関する判断が重要であること、導入年度が経過するにつれて、経営者が人的投資に関する有用性に気付くようになっていることが明らかにされています。
近年の企業による人的資本への投資の重要性に着眼し、論点を深堀りしている数少ない論文として高く評価できます」
と締めくくった。